
序文
不動産業界では、以前から「2022年問題」が話題にのぼっていました。これは、東京圏、大阪圏、名古屋圏の三大都市圏にある「生産緑地」が2022年に宅地として大量供給され、土地の需給バランスが崩れ地価が暴落するのではないかと危惧されたからです。
また、ここにきて新型コロナウィルスの問題が日本経済に冷や水を浴びせかけた状況になっており、生産緑地の「2022年問題」が地価にどの程度影響を及ぼすものか私もとても気になり、様々な資料に目を通しながら私なりに整理してみました。
生産緑地法が改正されるまでの経緯と意味
法律や税制はその時代の政治情勢や経済情勢によって、その内容が変わってきます。今回の改正生産緑地法が1992年に施行される前の日本の状況は次のようなものでした。
三大都市圏の都市農地は、1982年4月に「長期営農継続農地制度」が導入されており、10年以上営農を継続することを農家が希望し、市の認定を受けた農地について、宅地並み課税と農地課税との差額を徴収猶予し、5年ごとに営農継続を確認できれば、徴収猶予して税額を免除していました。要するに市街化区域内農地の宅地化を促進するための宅地並み課税は事実上実施されておらず、市街地に宅地と農地が混在している状態でした。
そんな折、好調な日本経済を背景に東京都心部の地価上昇が始まり、同時に金融緩和による投機的資金の土地市場への流入が進み、いわゆるバブル経済に突入しました。東京圏では1986年から1988年にかけて急激な地価高騰が起こり、住宅取得が困難となり、土地所有の有無による資産格差の拡大が社会問題となりました。そしてそのバブルは地方へと波及していきました。このような都市部の急激な地価上昇は、市街化区域内の農地を宅地化すれば地価が下がり、住宅問題も解決するといった論調を呼び、都市農業不要論が一般のジャーナリズムで大きく取り上げられていきました。都市農業、都市農地の存続が危機的状況を迎えた時期だったと言えます。
そんな時代背景の中1991年4月に生産緑地法が改正(1992年施行)されました。改正の要点は、自身の農地に対して、30年間の営農を条件に農地課税を適用する生産緑地にするか、いつでも自由に転用できる代わりに宅地並み課税を受け入れるか、市街化区域内に農地を所有する農家に二者択一の判断を迫ったいうものです。地価が高騰しバブル真っ最中に行った生産緑地法の改正ですから、市街化区域内農地の宅地化を促進するために行った改正と考えられます。
農家にとっての改正生産緑地法

それでは、二者択一を迫られた農家にとって改正生産緑地法はどんなメリット・デメリットがあったのでしょうか。
農地を所有する農家にとってメリットは次の2点です。
①固定資産税を農地並みに軽減できる(宅地並み課税のおよそ200分の1)
②相続税・贈与税の納税猶予をしてもらえる(相続人が死亡した時点で納税免除になる)これはかなり魅力のある優遇税制です。
その反面デメリットは次の点です。
①30年間の営農期間を義務付けられる。
これは30年間の営農と急に言われても将来どんな時代が来るか見通せませんし、判断材料もそんなにはなかったと思います。それでも国は「農業を続けてくれれば30年間は税金を優遇します。」というアメとムチで農家の判断を迫り、それも考慮期間は1991年9月から1992年年末までというとても短いものでした。これでは農家が新たな制度を十分理解し、将来を見据えて選択をすることができたかはなはだ疑問です。確たる判断材料がない中、時間切れでやむなく判断された農家の方も多かったのではないでしょうか。そして、この1992年に改正生産緑地法が施行されたことが起点で「2022年問題」が始まりました。
改正生産緑地法施工後の時代の変化
改正生産緑地法が施行された時はまさにバブルのピークだったわけですが、生産緑地法改正の翌年から東京圏の地価は下落に転じます。その後ITバブルやリーマンショック前のミニバブルもありましたが、大きなトレンドとしては地価は長期低迷しています。その点では改正生産緑地法は、市街化区域の農地を宅地化する狙いで導入されたものの、27年以上の歳月が流れる間に、法施行の意義が大きく変質してしまいました。
時代が変化することで、都市農地も「宅地化すべきもの」から「都市にあるべきもの」へ評価を変えていきました。2015年4月に「都市農業基本法」が成立し、2016年5月に閣議決定された「都市農業基本計画」で、都市農地はこれまでの「宅地化すべきもの」から「都市にあるべきもの」へと明確に変更されました。
2022年問題回避のための法整備
国としても、1992年の改正生産緑地に指定された農家が30年が経過した2022年に生産緑地の買取を市区町村に申し出ることは、都市計画上不安定な状況になることは認識しており、多くの生産緑地が買取申出可能になるのを前に法整備を行いました。
2018年4月に生産緑地法を改正して「特定生産緑地制度」を創設しました。これは、生産緑地指定から30年を経過する生産緑地について、市区町村が利害関係者の同意のもと新たに特定生産緑地を指定すれば、買取申出が可能となる時期を10年先送りすることができる制度です。特定生産緑地を選択した場合固定資産税等は引き続き農地評価ですし、相続税の納税猶予も引き続き行えるというもので、農家には非常に使い勝手がいい制度です。
2018年9月に「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」が施行され、生産緑地の貸借が可能になりました。これにより、営農意思がありながら農業後継者のいない農家も、生産緑地を貸借することで農地を維持することが可能になり、安心して特定生産緑地制度を使えるようになりました。
こうした一連の法制度改正により、2022年に生産緑地が一斉に宅地化されるかもしれないという懸念は大きく後退したのではないでしょうか。つぎに、2022年に農家の選択肢がどのようなものがあるのか、それによって2022年問題が見えてくると思います。
特定生産緑地制度を踏まえた農家の選択
ここまで見てきたように、2022年問題に対して国も効果的な法整備をしてきていますので、農家の方の立場になって一連の法整備を判断材料にした時にどう動くのでしょうか。4つの選択肢を考えてみました。
①営農継続の意思がある農家
優遇税制はそのままなわけですから迷わず特定生産緑地の指定を受けるはずです。現状 後継者が定まっていなくても、指定期間10年の間に探せばいいですし、後継者がいない場合でも「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」により貸し付けることで農地を維持することが可能なので何の問題もありません。
②相続税納税猶予制度を利用している農家
買取申出することはないはずです。ほとんどが生産緑地を継続すると思われます。
【理由】
買取申出するとその時点で納税猶予期間が確定し、猶予税額に利子税を加えた額を納税しなければならないから。相続税納税猶予制度は終身営農が義務付けられているが、被相続人の死亡により納税免除になるため、たとえ自身の営農意欲が低下していたとしても、また後継者が定まっていない場合でも、このタイミングで買取申出は考えられない。
③あえて特定生産緑地の指定を受けない農家
特定生産緑地の指定を受けない場合、デメリットとして行為制限は継続しながら、段階的とはいえ宅地並み課税に移行することになる。この場合のメリットは、常時買取申出可能ということしかない。このタイミングで特定生産緑地の指定を受けなければ二度と指定を受けることができないこともあり、この選択をする農家は少ないと思われる。
④買取申出をする農家
あえて買取申出する場合は次のような理由が考えられる。
1.資金的な事情からこのタイミングでまとまった現金が必要な場合
2.売却資金で経営資産のポートフォリオを変更しようとする場合(不動産経営等)
3.将来の相続に備え事由に現金化できる不動産にしておくため
4.現状で営農継続が難しく、後継者が見つからず、貸付を検討したが借り手が見つからず最終的に営農継続をあきらめた場合
まとめ
特定生産緑地制度を踏まえた農家の選択肢は以上のような場合が考えられますが、国の一連の法整備をする以前とは違い、生産緑地所有農家が市町村に対して生産緑地の買取申出をして、その結果土地が大量に供給され地価が暴落するようなリスクはかなり軽減されたのではないでしょうか。私個人としては、このコラムを書くにあたって目を通した資料の内容から、生産緑地の2022年問題は回避される可能性が高まっていると考えています。しかし、地価については新型コロナショックの方が影響が大きいと考えており、2022年前後に地価低迷の局面があるのではないかと心配しています。